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阪神大震災から 15年

今日は 阪神・淡路大震災から 15年になる日
朝日新聞に 載っていた


阪神大震災で
いつもの神戸の街が
真っ暗闇になったけれど
私は
真っ暗闇の中で見た
お月さまがむちゃ燃え上がる
オレンジ色で
今までの人生で見た
お月様の中で
いっちゃん綺麗やったと
感じました
(俳優 佐藤 江梨子さんが授業で書いた文書)


を 読んで 地震のあった あの朝のことを 思い返しました

大兄が生まれて 1カ月と少したった あの日
ミルクを作ろうと 台所に立った そのときに
なにかおかしい と感じて あわてて 大兄のところに戻ったときには
これまで 体験したこともない 揺れが
大兄の上に 四つん這いになって その後は 動くこともできず
やっと 揺れがおさまると 電気が消えて 真っ暗で
暗闇の中で 手さぐりで 大兄を捜すと
お腹の下あたりにいたはずが ずいぶん移動していて 慌てたこと
ようやく 辺りが 明るくなったときに
ちょうど 大兄を 寝かせていたところに
本棚から落ちた本が 散乱しているのをみて
あと 少し遅れていたら・・・と ほっとしたこと

あれから 15年
大兄は中学3年生になり 地震のことは 全く覚えていません
毎年 あの日に 四つん這いになって守った話を 聞かせます

震災後に生まれた 小兄
「お母さん知ってる? 昔 神戸で 大きな地震があったんだって~」
と 小学校で聞いてきた 話をしたときに
もう 15年か・・・と つくづく思いました

オレンジ色の月と 遠くに見える真っ暗な長田区の闇に ぽつぽつと広がる オレンジ色の火
震災で失われた 沢山の 命 住まい 家族・・・ に 黙とう


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583:NoTitle

当時私は実家に居まして、息子は幼稚園入園する年でした。
実家のあたりは、神戸ほどひどくなかった・・・というか
いつもよりは強い地震だなあと思っただけでしたが、テレビで
神戸の惨状を見て信じられなかったです。
兵庫だけは大丈夫だろうという変な安心感があのときまでは
ありましたから。

神戸に住んでいた妹家族はマンションが半壊。すぐ実家近く
に移り住みました。妹は震災のショックで無気力になって
実家に居た時もしばらくはぼおっと過ごしていました。

もう息子も今年で20歳です。当時の事はおそらくすっかり
忘れているでしょう。 身内ではあの日が誕生日だった
子が居て、今はすっかり良き夫、パパになっています。

テレビで見た瓦礫の前で泣いて親を呼ぶ女の子の
姿が今でも目に焼き付いてます。あの女の子はいまどうして
いるんだろうかと この日になると思います。

2010.01.18 16:51 MIYAKO #PTRa1D3I URL[EDIT]
584:MIYAKOさんへ

コメント ありがとうございますm(__)m

震災の日は 毎年くるのだけれど
15年という 節目の年だったからか
今年は いろんなことが 走馬灯のように 蘇ってくる 年でした

わたしが 生まれた家は 倒壊して
当時住んでいた 伯父 叔母 従兄妹 が生き埋めになって
生死の淵を 彷徨ったこと

家を立て直したときに 一度だけ 見に行きましたが
昔の面影は すっかり なくなっていました・・・

2010.01.18 22:07 >エンペ母 #- URL[EDIT]

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